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新聞の書籍紹介欄だったと思う。

近年に起きた幼児虐待事件についてまとめた
ノンフィクション作品を執筆した動機について、
筆者が「事件が消費されている気がして」と語っていた。

事件に限らず最近の世の中は、一事が万事、そんな感じだ。
不倫もファッションも、オリンピックもノーベル賞も、
人々がワーッと群がってはワーッと引いていく。

そもそも「消費」とは何だろうと辞書を引いたら、
データの量が多くて驚いた。一番最初に書かれていたのは、
①費やしてなくすること。使いつくすこと。費消。

「なくすること」が、私の「消費」に対する意識には無かった。
事件を例にとれば、その時だけ悲しんだり憤ったり反省して、
時間が経つとともに「なかったこと」のように忘れる。

4段に区切られた広辞苑1ページで、
「消費」の項目は2段を埋め尽くし、
他の言葉と結びついて新しい熟語ができている。

「欲望の直接・間接の充足のために」
「消費が生産を規定する」などとも記載されている。

そら恐ろしくも、人間とは切っても切れない関係だけど、
凡人である私には、飲み込まれぬよう距離を置いて付き合いたい相手だ。