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子供たちの体調不良でバタバタするうち、まんまと私も風邪を引いた。
歯の痛みから来る頭痛も加わり、数日 眠れない夜があった。
睡眠が取れないと身体が回復しないことを痛感する。

私は普段、身体が自由にならない状態を忘れている。
毎夜、布団にくるまって安らかに眠れて、
毎朝、元気を蓄えて起きられる喜びを噛み締めねば。

ところで、子供の通院ついでに私自身も診察してもらい、
「病院の薬は効くなぁ」と感心していたが、振り返ってみると、
大人になって風邪で病院にかかった覚えがない。

実家の薬箱には、風邪には改源、お腹には正露丸、
後は絆創膏と体温計が常備されている程度で、
切り傷すり傷には庭からアロエを摘んで、そんなもので適当に凌いだ。

でも子供の頃はやっぱり、風邪を引くと近くの診療所に連れて行かれた。
落合先生というおじいちゃんがいて、診察の終わりに必ず脚の付け根近くを押し、
私が痛がると「甘いものを食べ過ぎだ」と鬼の首を取ったかのように宣言した。

医院で出される不味い粉薬を、母は林檎のすりおろしに混ぜてくれた。
私は錠剤の薬が苦手で、飲めない飲めないと嫌がり、
嫌がるうちに口の中で溶けて、ますます苦くなる悪循環を繰り返した。

歯医者でも耳鼻科でも、子供の頃から病院にろくな思い出はないのに、
息子たちは病院に行くのを嫌がらない。むしろ進んで行きたがる。

先生は優しいし、病院は明るくて おもちゃがあるし、
診察の終わりにシールをくれるし、とどめは薬が甘い。
昔とずいぶん違うなぁと、うらやましいような、そうでもないような気がする。

先日の通院時に先生が「まずいけど、がんばって」と、初めて錠剤を息子に処方した。

「母も越えた苦しみに挑戦だ!」と少し意地悪な気持ちも感じつつ、
5歳の息子に与えると1日目こそ泣きべそをかいたが、
2日目からはあっさりと飲めるようになった。

実家の母に話したら、もちろん大笑いされた。
私は小学校高学年になっても、錠剤が飲めなかったのだから。
息子に負けてるねぇ、と言われた。まったくもって、その通り。
ラジオでは、テーマを絞って投稿を募集するときがある。
ある日は「今までに食べた物で、一番美味しかったものは何?」だった。

リスナーから届く返事を聞いていると、純粋に味が最高!という場合と、
一番初めに食べたから、母親の思い出の味だからと、
記憶に結びついて挙げられるパターンがあった。

先日、夫の実家に帰ると、玄関に伊勢海老がいた。
我々が来ると聞いた親戚が、孫に見せろと今日獲った海老をくれたそうだ。
発泡スチロールに入った海老は実に立派だった。もはやロブスターだった。

体重を量ろうと持ち上げると抵抗し、
海老反りと逆方向に、尾を腹にばっしんばっしん打ち付けた。
「さわってみろ」と祖父が勧めるも、子ども達はおびえてあとずさった。

ひとしきり ワイワイしながら体重0.9キロと判明した後は、
甲殻の背にザックリ包丁が入れられ、あっと言う間に
身はプリップリの刺身に、その他の部分は味噌汁になった。

刺身は言うまでも無く、感動したのは味噌汁からはみ出た
細い脚の先まで身がぎゅっと詰まっていた。もはや蟹だった。
あれは、人生で一番と呼ぶに相応しい美味に違いない。

そんなことを夫と話していると、もう一つの忘れがたい味が思い出された。
先ほどの伊勢海老とは対照的で、開園当初のディズニーランドで食べたピザだ。

今では当たり前になった宅配ピザも子供の頃は縁がなく、
食パンの上にケチャップを塗り、ウィンナーやピーマン、
チーズをのせてトースターで焼いたものが、私にとってのピザだった。

小学3、4年生の時にディズニーランドへ行き、列に並んでピザを買った。
具の組み合わせが2種類あって、私は「ベーコンとパイナップル」を選んだ。
内心では、パンにパイナップル!と斬新さに驚いていた。

確かもう一種類は、組み合わせが「サラミと何とか」で、
大人の食べ物かしらと予想し、敬遠した気がする。

形は8分の1カットで、専用の紙箱に入って渡された。
四角じゃないことも衝撃的で、家でパンにのっけたスライスチーズと異なり、
表面には溶けたチーズがこれでもか!と豊富にきらめいていた。

味はまさに未知との遭遇だった。
あの頃のディズニーは、何もかもが最先端だった。

初めての本格的なピザも、これまでで一番美味しかったものと言えそうだ。
何がすごいって、これだけエピソードを覚えているからすごい。
値段にどう感じたか、誰と食べたかなど、まだまだ蘇る記憶がある。

もちろん覚え違いや美化もあるんだろうけれど、
食は本当に五感を駆使するものなんだなぁ。