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早朝に外に出ると、金木犀の香りが鼻孔に触れた。

以前は誕生日が近づくと風に乗ってきたが、
ここ数年は過ぎてから感じることが多い。
結婚前の住まいより南に越したせいだろうか。

桜は華やかだし開花前から世の中が騒いで教えてくれるが、
金木犀や沈丁花は香らなければスルーしてしまいそうだ。
今年も気がつけて良かった、鼻が頼りな花の便りに。
カナさんのブログ記事に いたく感動した。 (Click!) 
コメントは残さなかったけれど かなり胸を熱くし、
そして己を恥じた。

私は子供の頃から文章が書けた。
読書感想文で賞をもらうなど華々しい成果はなく、
評価してくれるのは担任の先生や父だったけれど。

特に父は私の文章に期待をかけていたようだが、
応えられぬまま私はアラフォーに突入し、
父は元気に傘寿を迎えた。

昔のブログの記事で、私は自分のことを「普通を煮詰めたような」と表した。
そんな見るべきもののない人生で、唯一 特色があるのが文章だった。

占いに行って「君の中から言葉が出たがっている」と言われたり、
折にふれて書くことを勧められたりする。自分にも欲があるけれど
「書くって何を」ともどかしく、便秘にも似た気分をひきずっている。

「ホントはもっとできた」という段階で留め置く生き方はカッコ悪い、
と書かれた小説があり、グサッときた。

そんなことを常々 抱えていたところに、
文章とがっぷり四つに組んでいるカナさんの記事に、
わー私は何にも戦っていねぇと、ますます便秘感が募った。

ジリジリ焦燥しつつも行動は変わらずにいたが、
ふと思い立って新聞の投稿欄に文章を送った。
同じ新聞を取っているので、掲載されれば父にも読んでもらえる。

戦いのステージに上がるに及ばず、
ちょいとランニング始めてみましたという程度だが、
数ミリだけ前進した気分だ。