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84歳になる父に予定をたずねたら、
「その日はDSだ」と答えが返ってきた。

私が両手でピコピコする仕草で首をかしげると、
「デイサービスね」と父が言い直した。

オウ、イエイ。
UAEアラブ首長国連邦が、火星移住計画を発表し、
100年後までに小都市を建設するそうだ。
ちょうど昨日、アンディ・ウィアーの小説「火星の人」を読み終えたので、
思わずラジオニュースに耳をそばだてた。

私はSFモノになじみが薄いけれど、とても面白かった。
先の読めない、予測不可能とは、小説や映画の宣伝文句に使われる。
でも実際は、ハッピーなのかアンハッピーなのか、想像つく場合も多い。

「火星の人」は事前の予備知識もなく、
舞台は火星だし、わたし文系だし、
どうなるのか、本当に最後まで分からなかった。

物語は火星に一人取り残された宇宙飛行士が、
知恵と技術と残された装備で生き残りを図り、
地球上の人々(主にNASA)も、やむを得ず火星を離れた仲間のクルー達も、
できうる限りの手を使って、助けようとする。

特段にドラマチックに盛り上げることなく、
淡々とした語り口なのが、とてもよかった。
訳もわざとらしいガイジン言葉ではなくて、とてもよかった。

そして何より、取り残された宇宙飛行士・マークが、
収支ユーモアを欠かさないところがよかった。

物語は乗り越えても乗り越えても危機ばかりで、
最後でミッション失敗、宇宙飛行士死亡と、
あっさり終わる可能性もあるので、気が抜けなかった。

本を読む楽しみは、違う世界に行けることも一つだ。
昔、本を読んでいて、もし、読み終えて本を閉じても
物語の世界から抜けられなかったら怖いなぁと思ったことがあった。

もし、私が「火星の人」の中に取り残されたら・・・、
答えは一つしかない。
読書をしていて、時に、自分がちょっと賢くなったり、
人としての間口が広がるような気分が味わえる。

単純に知識が増えるだけでなく、
いつの間にか根付いていた思い込みに気づかされてハッとしたり、
常識みたいなものが覆えされたり、新鮮な空気が脳みそに入る。

小さな自分の小さな環境で培われた当たり前は、
他の人の、他の国の、他の世界にも通じる当たり前ではない。
分かっているけど、分かっていないことを、読書を通じて感じて、そして恥じる。

朝倉かすみさんの小説「憧れの女の子」の中に、
それみたことかと物陰で作者に笑われたような、
「思い込み」を見事に利用される短編がある。

読んだときに私は、脳みそにつるっと直接、触られたような
いやーな気になった。マイノリティーに理解あるフリをして自分は、
骨の髄でマジョリティーだと知らしめられた。

思い込みは気づかぬうちに育っているので、やっかいだ。
時おり脳みそを掃除してやらないと、いつの間にか何かに染められている。

しかし、思い込みが覆される気持ち良さは、
そもそも思い込みが無ければ成り立たない。

先入観を持たずに素直に見たまま聞いたままを吸収する状態では、
ああそうなんだと受け止めて終わってしまう。
思い込みは無い方がいいのか、あってもいいものか…。

ぐるぐると答えが出ない問いには、
塩梅が肝心という結論でひとまず着地させる。
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ある日、買い物に出ようと玄関に鍵をかけ、
駐車場まで歩いて坂を下る途中で、
眼鏡をかけていないことに気が付いた。

高校生の頃から眼鏡をかけてきて、
やったことのないうっかりに、まあ驚いた。

裸眼では ほとんど見えていない状態なのに、
何となく日常をこなせてしまう。慣れとは恐ろしいものである。

小説を書こうとして、やり方がとんと分からないので、
好きな短編小説を書き写して勉強することにした。

すると、こんな場面があったのか、
こんな風に距離や立場を表現していたのかと、
何度も読んだ作品なのに、初めて、改めて気がつく。

流し読みして内容を理解した気になって、
それはそれで良い読書だけど、
なぞり書きして作者の工夫を想像する作業も また楽しい。

一日の雑事を終えた私が就寝前に、
食卓にノートを広げて写し書きをしていると、
いつのまにか子供たちもめいめいの紙と本を広げて文字を書いている。

彼らの題材は「テレビ絵本・ウルトラマン」である。
「獅子・邪悪・連射・強力」など、
幼稚園・小学生にしてはレベルの高い漢字にも挑戦している。
先日、湘南にある水族館に行ってきた。
外出しても早く帰宅する我が家には珍しく、日の入りまで遊んでいた。

閉館時刻となり海辺にある施設を出ると、
目の前に広がる海の左手に江の島を臨み、
右手側の遥か彼方には奥から富士山、そして箱根か丹沢連峰が広がり、
サザンの歌にも出てくる烏帽子岩が、濃淡のコントラストを描いて浮かんでいた。

浜辺の人々は黒い影となり、山の端に沈む太陽に向かって、
スマホを構えたり、ぼんやり眺めたりしていた。
人も多くいるのに辺りはなぜか静かで、打ち寄せる波音が響いていた。

夫に背負われた娘は先を歩き、私と息子がそれぞれ後を追っていた。
素晴らしく美しい夕焼けを感じながら、今の私は「孤独ではない」と思った。

私の最も心に残る風景は、学生時代に奈良を旅したときの夕景だ。
人気ない、昔々からある街道を一人で歩きながら、
橙色に輝く沈む陽を眺めた。

風景は、見るものの心持ちによって、捉え方が変わる。

湘南と奈良、どちらの夕焼けも同じくらいに美しい。
山だ海だの風景の違いではなく、私の心のあり方が異なるので、
私にとって、より染み込む夕景は、やはり奈良なのだった。

今の私は、昔の私からしたら贅沢者なのだ。
しかし、昔の私にも、今の私には持ち得ない何かがあったのだ。
この日とあの日の夕焼けのように、どっちにも優劣はない。
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殺人事件の出てくる小説を読んでいて、
2時間サスペンスで言うなら崖での犯人の告白まで後一歩...!
という盛り上がりが下巻開始の三分の一くらいに来た。

「ええ!まだこんなに厚みが残っているのに」
「もしや中程までが本編で、後に別の短編がくっついていたりして?」
と推測し、後ろの方のページをチラチラとめくってみる。

こういう楽しみは、紙媒体ならでは、なのかな。
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小説を書くのはほぼ初めてで、教わったこともなく、
本当にできあがるのかしらと先の見通しは全く立たない。

頭に浮かんだ光景や言葉をメモに取り、
絵を描き、登場人物に名前をつけて、
まとまるのか分からないまま作業をする。

創造のレベルに達してるとは言えずとも空想するのは楽しく、
色んな発見もある。思考を別世界に飛ばすので、気分転換にもなる。
無駄なネットサーフィンや人の噂話に割く時間も少なくなり、
時間や心持ちの面で、思っても見なかった効果を出している。

しかし、それで満足してはいけない。
あくまで目的は完成なのだから。