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今朝、息子が、ものっすごく面白い言い間違いをした。
これは日記に書き残そう!と思っていたのに、
夕飯を済ませた今、それがどんな言い間違えだったのか、全く思い出せない、
ということに気がついた。

ああああああ…悔しい!

私の漫画ブームが再燃した。

漫画で育った私だけど、いつの頃からか漫画から離れた。
最近は、好きな作家さんの作品を惰性で買うだけにして、
たまに近所の奥さんから流行りの漫画を借りていた。

ところが、漫画家の製作現場に密着する、
NHK番組「漫勉」を観て、矢も盾もたまらず書店に走り、
漫画を買い込んで、という程の量でもないけれど、帰宅した。

先日の「漫勉」は、清水玲子さんだった。
ネット上でも「どえらいのキター」と騒いでいる人もいたし、
私もこども時代に憧れた作家の登場に、テレビ欄の文字だけでゾクゾクした。

私は、読み込んだ時代の作家さんなら、
髪の先の絵だけで誰の筆だか見分けられると思う。

あんなに素晴らしい絵を描く清水先生が、
紙を表に返し裏に返して下書きにてこずり、
ミクロ単位の修正を繰り返して理想に近づく様に、
涙が出そうだった。

自分がうっとりしたインクの線は、あんな風に生まれていたのだ。

むかし、小説家の宮部みゆきさんが、
「自分の作品は漫画化だけはしたくない」と言うほど、
表現手段として漫画に嫉妬している記事を読んだことを思い出す。

物語を語る絵のある漫画、
物語のためだけでなく、絵そのものも味わえる漫画...

漫画が盛んな所という点においては、ニッポンに生まれて良かった。
と、言いたい。
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記事とずれちゃった。後で直します。
書店のレジに並んでいると、前のお客が目に入った。
グッと前に出る態度と口ぶりで、店員に何やら話しかけている。
店員の背後には、数日前に発売された村上春樹さんの新作ポスターが貼られていた。

大きな紙袋を受け取った前のお客は、
「村上春樹っていうのは、そんなに才能があるのかねぇ」
と言い、店員の曖昧な笑顔に送られてレジから離れた。

そんなに良いのかねぇ、でもなく
そんなに面白いのかねぇ、でもなかった。
才能、という言い方に含みを感じ、印象に残った。
84歳になる父に予定をたずねたら、
「その日はDSだ」と答えが返ってきた。

私が両手でピコピコする仕草で首をかしげると、
「デイサービスね」と父が言い直した。

オウ、イエイ。
UAEアラブ首長国連邦が、火星移住計画を発表し、
100年後までに小都市を建設するそうだ。
ちょうど昨日、アンディ・ウィアーの小説「火星の人」を読み終えたので、
思わずラジオニュースに耳をそばだてた。

私はSFモノになじみが薄いけれど、とても面白い小説だった。
先の読めない、予測不可能とは、小説や映画の宣伝文句に使われる。
でも実際は、ハッピーなのかアンハッピーなのか、想像つく場合も多い。

「火星の人」は事前の予備知識もなく、
舞台は火星だし、わたし文系だし、
どうなるのか、本当に最後まで分からなかった。

物語は火星に一人取り残された宇宙飛行士が、
知恵と技術と残された装備で生き残りを図り、
地球上の人々(主にNASA)も、やむを得ず火星を離れた仲間のクルー達も、
できうる限りの手を使って、助けようとする。

特段にドラマチックに盛り上げることなく、
淡々とした語り口なのが、とてもよかった。
訳もわざとらしいガイジン言葉ではなくて、とてもよかった。

そして何より、取り残された宇宙飛行士・マークが、
終始ユーモアを欠かさないところがよかった。

物語は乗り越えても乗り越えても危機ばかりで、
最後でミッション失敗、宇宙飛行士死亡と、
あっさり終わる可能性もあるので、気が抜けなかった。

本を読む楽しみは、違う世界に行けることも一つだ。
昔、本を読んでいて、もし、読み終えて本を閉じても
物語の世界から抜けられなかったら怖いなぁと思ったことがあった。

もし、私が「火星の人」の中に取り残されたら・・・、
答えは一つしかない。
読書をしていて、時に、自分がちょっと賢くなったり、
人としての間口が広がるような気分が味わえる。

単純に知識が増えるだけでなく、
いつの間にか根付いていた思い込みに気づかされてハッとしたり、
常識みたいなものが覆えされたり、新鮮な空気が脳みそに入る。

小さな自分の小さな環境で培われた当たり前は、
他の人の、他の国の、他の世界にも通じる当たり前ではない。
分かっているけど、分かっていないことを、読書を通じて感じて、そして恥じる。

朝倉かすみさんの小説「憧れの女の子」の中に、
それみたことかと物陰で作者に笑われたような、
「思い込み」を見事に利用される短編がある。

読んだときに私は、脳みそにつるっと直接、触られたような
いやーな気になった。マイノリティーに理解あるフリをして自分は、
骨の髄でマジョリティーだと知らしめられた。

思い込みは気づかぬうちに育っているので、やっかいだ。
時おり脳みそを掃除してやらないと、いつの間にか何かに染められている。

しかし、思い込みが覆される気持ち良さは、
そもそも思い込みが無ければ成り立たない。

先入観を持たずに素直に見たまま聞いたままを吸収する状態では、
ああそうなんだと受け止めて終わってしまう。
思い込みは無い方がいいのか、あってもいいものか…。

ぐるぐると答えが出ない問いには、
塩梅が肝心という結論でひとまず着地させる。